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東京高等裁判所 昭和52年(ウ)155号 決定 1977年3月18日

申立人 飯田博久

被申立人 吉沢正雄 外二名

主文

本件申立を却下する

理由

一  裁判所に対し訴訟上の救助を求めるには、当該当事者が訴訟費用を支払う能力がないことのほかに、「勝訴ノ見込ナキニ非サル」ことを必要とする(民事訴訟法第一一八条)。右の「勝訴ノ見込ナキニ非サル」ことという要件は、勝訴の見込があることというよりも緩やかな内容のものと解されるのであるが、第一審の原被告と第二審の控訴人とでは、尽すべき右の要件の疎明の程度は同一ではなく、控訴人が第二審において訴訟上の救助を申し立てるには、当該当事者が第一審で敗訴しているが、(イ)証拠関係からして、逆に、第二審では勝訴の見込がなくはないこと、(ロ)第一審判決に含まれる事実上、法律上の瑕疵のため、右判決の取消の蓋然性がなくはないこと、(ハ)控訴人が第二審で提出する新らたな主張が新らたな証拠によつて裏付けられることにより、控訴人勝訴の見込がないとはいえないことなどを具体的に明示して、これを疎明しなければならないのである。

二  ところで、本件において申立人が提出した控訴状には、原判決に対する不服の理由が詳述されているので、これを中心にして、勝訴の見込の有無につき検討する。

(一)  原判決は、申立人及び原審共同被告関口政安、同飯山高司(以下「申立人ら三名」という。)が共同して遂行した吉沢正一、同信子殺害行為(以下「本件不法行為」という。)によつて被申立人らが被つた精神的苦痛に対する慰藉料は、被申立人らにつきそれぞれ金一〇〇〇万円(総額金三〇〇〇万円)と認めるのが相当であると判断したうえ、飯山が損害賠償の内金として支払つた金一〇〇万円については、被申立人吉沢正雄において金四〇万円を、同吉沢京子、同吉沢三千代において各金三〇万円ずつをそれぞれ自己の有する損害賠償請求権の一部の弁済に充当したものと認定し、結局申立人ら三名は、各自被申立人吉沢正雄に対し金九六〇万円、同吉沢京子、同吉沢三千代に対し各金九七〇万円を支払うべきものとし、主文において右各金員の支払を命じたのである。原判決によれば、申立人ら三名は共同不法行為者であるというのであるから、申立人ら三名は、本件不法行為に基づく損害賠償義務について、いわゆる不真正連帯債務者としての関係に立つのであり、したがつて、たとえば、被申立人吉沢正雄は申立人ら三名に対し金九七〇万円の損害賠償を請求しうるのであるが、申立人ら三名は各自、同被申立人に対し金九七〇万円の損害賠償義務を負担することとなるのである。もつとも、このことは、被申立人吉沢正雄が最終的に金九七〇万円の三倍額である金二九一〇万円を取得できることを意味するものではなく、同被申立人が最終的に取得できる金額は金九七〇万円に止まるのであり、したがつて、たとえば、関口が同被申立人に金九七〇万円を弁済したとすれば、他の債務者である申立人及び飯山は同被申立人に対しては債務を免れるのであるが、損害賠償請求権者の地位を強化するため、申立人ら三名が各自金九七〇万円全部の支払義務を重畳的に負担すべきものとされているのである。

申立人は、原判決が主文においては申立人ら三名の債務中から金一〇〇万円ずつ、合計三〇〇万円を控除したかたちをとりながら、理由中では、申立人ら三名の債務中から全部で金一〇〇万円を控除すべきものとしたのは、主文と理由にそごがあるか、もしくは、主文に対応する理由を備えていない違法があると主張するが、原判決の理由中の判断の要旨と主文の内容は前摘記のとおりであり、要するに、被申立人らが取得した総額三〇〇〇万円の損害賠償請求権の額から飯山の弁済した金一〇〇万円を控除すべきものとし、弁済充当の判断を経由したうえ、その結論を主文で表明したのであるが、この種の給付判決の主文においては、不真正連帯債務関係に基づき申立人ら三名が各自負担する債務の内容をなす金銭給付を並列的に掲記すべき関係上、あたかも総額九〇〇〇万円から金三〇〇万円を控除したかたちとなつているにすぎないものであり、原判決には申立人主張のような違法はない。

また、飯山のした金一〇〇万円の弁済による被申立人らの損害賠償債権の一部消滅の効果は、前記不真正連帯債務関係に立つ関口及び申立人にも及ぶのであるから、飯山に対してのみ弁済額を控除した金額の支払を命じ、他の被告である申立人には関口および申立人に対してはこれを控除しない各金一〇〇〇万円ずつ全額の支払が命じられなければならないとする申立人の主張も失当とすべきである。

(二)  記録によれば、原審において、申立人は甲第二号証の一ないし三(新聞の切抜き)の成立を認める旨陳述したことが明らかである。申立人の援用する「証拠調願書」で申立人が主張したのは、右甲号各証の記載内容の信憑性を争うということであつて、その成立の真否とは関係のないことである。されば、右甲号各証の成立は争いがないとした原判決の判断は正当であつて、これを論難する申立人の主張は失当である。

(三)  甲第五号証の二、三(関口の検察官に対する供述調書)に関する申立人の主張も、右(二)と同様の理由により、理由がない。

(四)  本件訴訟においては、申立人が吉沢正一、同信子を殺害したことは申立人と相手方らとの間に争いがなく、両者間の主たる争点は、申立人が共同被告関口の命令によつて右殺害行為に及んだものであり、申立人は関口の右命令を聞かなければ自己の生命に危険が生ずると考え、ないしはそのように誤想したため右命令に従つたものであるから責任がない旨の申立人の抗弁と慰藉料の額の点だけであるところ、申立人は、右の抗弁事実を立証するため自己の精神鑑定を申請したのにこれが容れられなかつたのは違法であるとか、あるいは原審裁判所の訴訟指揮の不適切により右鑑定申請の機会を失い、結局上記抗弁を立証することができなかつたと主張しているけれども、このような事実を認めうる資料はないのみならず、申立人の上記抗弁は、その主張自体に照らしても、また原審の記録を通じて窺われる証拠関係に照らしても、とうてい申立人の免責事由となるべき正当防衛、緊急避難ないしは心神喪失にあたるものとは考えられず、また、控訴審において右主張を補完し、あるいは右鑑定申請を含む新たな証拠の提出によつてこれを立証する可能性があることを疎明するに足る資料も全く見あたらない。

三  以上によれば、申立人が控訴状に記載した不服の理由は原判決に対する根拠のない非難に終始するものであつて、他に勝訴の見込に関する具体的主張と疎明は提出されていないから、結局、本件訴訟上の救助の申立は「勝訴ノ見込ナキニ非サル」ことの疎明を欠くことに帰着する。よつて、申立人の資力の点について審究するまでもなく、右申立は失当として却下することとし、主文のとおり決定する。

(裁判官 中村治朗 蕪山厳 高木積夫)

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